「数量限定」という言葉に惹かれて課金をして反省した話

とあるラーメン店で食事をした時の話。

普通のラーメン800円とネギラーメン900円との二択で悩む。メニュー表の記載によるとネギラーメンは「数量限定」とのこと。

思案した挙句、ネギラーメンを選択。その金額差は+100円。

「数量限定」という言葉自体には一円の価値もない

「数量限定」という言葉(=広告)は、消費者である自分にとって、多く課金するという行動に移す上では意味がない言葉。

店側にとってはネギの仕入れが難しいから販売数を限定する、仕入れに手間がかかる分価格を上乗せする、といった理由があるのだろうとは推測するが、実際のところは消費者には分からない。

その時は何となく「数量限定」という広告効果にも惹かれてネギラーメンを注文してしまった。だけど、+100円の課金をするかどうかは純粋に追加されるネギ自体の価値にのみ着目して判断すべきだったと反省している。

言葉に惑わされずに自分の都合に合わせて課金する

「数量限定」といった広告効果自体に消費者側として金銭を支払う価値は0円であり、あくまでも商品の対価として支出費用を見積もるのが合理的だと考える。一方、こうした広告効果による支出額上乗せを狙うことはビジネスの常套手段でもある。もちろん、それが悪いことだと言うつもりはない。商売上、コストを価格に上乗せすること自体は当然のことだから。

ただし、消費者の立場からは、自分の身銭を切る支出はあくまでも自分がサービス内容に価値を見出すかどうか、という一点にフォーカスして判断すればいい。相手方の都合に合わせる必要もないはず。

やっぱり普通のラーメンを選んでおけばよかったとも思いつつネギラーメンを食しながら、そのようなことを考えていた。

なお、その店のラーメンは美味しかった。

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