組織や人と向き合うために、鎧を纏う

「B’zは、鎧」

Youtubeチャンネル「RedChair」でのB’zのボーカル(シンガー)稲葉浩志氏のコメント。

【稲葉浩志】B'zは鎧、自分は普通、他人に嫉妬することもある――デビュー35周年、本人が語る「人間・稲葉浩志」
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↑5:55あたりから

ファンとのやり取りや信頼関係の中で生まれた強力な個性を「鎧を纏う」ように比喩する趣旨での表現。それを語る稲葉氏の言葉がどこか客観的で、B’zのパブリックイメージとは違う落ち着いた姿から、B’zのシンガーとしての自身と本来の自身とは必ずしも一致しない個性なのかな、という印象を持った。

私は組織に順応するのが苦手な一介のサラリーマンの身だが、この「鎧を纏う」という表現や一連のコメントを自分の身に置き換えて聞いていて、僭越ながら共感を覚えたのだった(稲葉氏の発言の趣旨とは異なることは承知だが)。

サラリーマンとして組織に属していると、本来の自分を抑えてでも組織なり誰かの期待に応えることを要請される場面に多く遭遇する。そこで期待通りの対応を取ることが評価につながるし、期待に応えられない時には自分自身が否定されるように感じることもあり、そうした組織対自分の日々の関係の変化に自分のメンタルが左右されることに息苦しさを感じている。

「鎧を纏う」とは、そうした日々を生き抜く上で、組織と自分との間に境界を設けて自分のメンタルを守る手段として持っておきたいイメージではないか。つまり、組織の自分は本来の自分を押し殺して成立させるものではなく、本来の自分とは別の「鎧を纏った自分」として作り上げるものだと認識するということ。

そもそも、本来の自分として組織に属する必然性は存在しない。鎧を纏って誰かの期待に応えても問題はないし、本来の自分であるかどうかに関わらずしくじる時はしくじる。

組織の動きに本来の自分は置かずに、別の場所に置いておけばそうして区別して考えると、組織で感じるストレスも多少は緩和される気がする。

それでいい。

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