「全ての悩みは人間関係である」ことを踏まえた人間関係の捉え方

メンタルヘルス

「全ての悩みは人間関係である」

数年前のベストセラー「嫌われる勇気」で話題になったアドラー心理学の考え方を象徴する言葉の一つでもある。

会社組織等で日頃から人間関係に悩まされている身としてはこの言葉に対しては「全くその通り」と額面通りに受け止めざるを得ない。

人間関係の悩みが無くなれば毎日どれだけ幸せに過ごせるだろう。

ドラゴンボールを7つ集めて神龍に一つだけ願いを叶えてもらえるならば、迷いなく「人間関係の悩みを消し去ってくれ」と言ってしまう。

そのくらい、私にとっての人生の主要課題である。

ただ、そうして毎日、人間関係のことで悩み続けているからこそ思うこともある。深刻に捉え過ぎなのではないだろうか、と。

もちろん、抱えている人間関係の悩みが深刻で相当に苦しんでいる人もいるだろうことは容易に想像できるから、軽はずみには言えないことも申し添える。私には過去に休職期間があるが、その際には人間関係の悩みは今でも鮮明に覚えている。

ただ、自分の捉え方次第で打開できる可能性もある。というより、自分には他人を変えることはできない以上、人間関係の悩みを打開できるのは自分の捉え方を変えるほかないのではないか。

では、人間関係の捉え方を変えるために、どのように過ごしていけばいいだろうか。

次の二つが思い浮かぶ。

・自分の課題に集中する

・自分のストレスを減らすことを行動目的にする

自分の課題に集中する

人間関係を大切にし過ぎる、つまり嫌われないように努めるがあまり、自分にはどうしようもできないことまで手を出してしまうしてしまうことがある。これはアドラー心理学で言うところの「他人の課題」に介入する状態だと言える。

生きていく上では、自分にできることとできないこと(自分の課題と他人の課題)を冷静に見極めて自分にできることだけに集中すればいいはずなのにそれが許されないと考えてしまうのは、誰かの期待に応えようとしたりとか、人間関係に起因する思考が働くことが一つの理由になる。

これは逆説的に、自分にできることだけに集中することは人間関係との距離感を適正に保つことにつながる、ということ。

自分のストレスを減らすことを行動目的にする

何か行動を起こす時には、その行動で達成したい目的がある。そして、その目的は「他の何かのため」という要素が多かれ少なかれ含まれている。会社組織であれば組織目標への貢献になるだろうし、その背景にはやはり人間関係が見え隠れする。

特に人間関係に苦しんで心も体も動かない時こそ、そうしたストレスを少しでも多く減らすことができる行動は何だろうか、と自分のことを考えて行動をするマインドが必要になると思う。

人間関係に悩んだ結果として抱えたストレスなら、ストレスを捨てること自体を目的として自分が行動を起こすことで、バランスが取れるのではないか。

社畜として想う(まとめ)

社会のために、誰かのために、と人間関係を大切にすることは、自分が考えるまでもなく周りから要請されること。

確かに、そうした要請に合わせる能力は社畜に必要なものだとも思う。

ただ、周りから半ば強制的に要請されるからこそ、せめて自分だけは自己中心的であることでバランスが取れる。

自分に出来ることだけに集中する。

抱えがちなストレスを少しでも手放す方向へ進む。

その方向へ自分を導けるのは、他でもない自分だけ。

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